先日はミャンマーの学校建設が終わり
開校式に行って参りました。
どういった経緯でミャンマーの学校を建てたのか?
と、友人やメルマガで知ったお客さまに
たびたび質問を頂いたので、
このブログで事の経緯を少しお話ししようと思います。
僕はある慈善団体に所属して10年近くになります。
その団体は世界初の奉仕団体と言われており
200以上の国と地域に33,000近くのクラブがあり
会員数は120万人以上と言われています。
日本では1920年に東京クラブが創立し
現在のクラブ数は2000以上
会員数は9万人近くにのもぼります。
石を投げれば当たるかもしれない数ですが
広報がイマイチなので、クラブの活動実態は
あまり目に触れることはありません。
日本人は特に「陰徳」の精神があるからかもしれません。
世界的組織であるこの団体では
クラブや地区単位で常に新しいいくつかの奉仕活動が
各委員会ごとに行われています。
その中の1つに、海外からの大学生や大学院生など
日本の大学に通う海外からの学生に
奨学金で支援しながら国際交流を行い
日本と世界の架け橋となる人材を育成する活動があります。
こうした学生は無作為に選ぶのではなく
様々な大学ごとの人数枠を決め、
奨学金制度に教授推薦のもと、申し込んだ学生を対象に
私達が面接をして、研究内容や人間性、リーダーシップなど
総合的に判断して支援する学生を決定します。
こうして奨学生となったミャンマーからの学生が
2年前に私達の地域のクラブで
お世話することとなりました。
これは僕達の団体の特徴的な
奨学金制度であり「カウンセラー制度」と呼んでいます。
つまり、奨学金を出して終わりというものではなく
日本での生活の相談や手助けなどを含めて
海外からの奨学生をサポートしながら
国際交流を行う独特の制度なんです。
奨学生としてのバッジをつけるS先輩(ボディータッチではない)
こうしたカウンセラー制度によって
僕たちのクラブが担当することになったのが
ミャンマーからの奨学生、Mさんでした。
クラブ内の担当は僕をクラブに誘ってくれた
尊敬する経営者のS先輩。
様々な地域での奉仕活動も
事業を通じて実践している素晴らしい方です。
僕も数々の難局をこの先輩に励まされ乗り越えてきたこともあり、
僕の中では人生の師、命の恩人です。
このS先輩にミャンマーからのMさんを
委員会の活動を通じてお連れしたのが
僕だったんです。
この写真は、その時に奨学生としてのバッジを
S先輩がMさんに付けてあげている写真です。
けっしてボディータッチではありません・・・。
この活動の目的は
「日本を知って好きになって母国との架け橋になる人材の育成」です
なので、カウンセラーや僕たち委員を通じて
様々な交流の機会が設けられています。
富士山からの湧き水だけでできた河川、柿田側湧水群で奨学生とともに外来種除去作業
学生は日本での生活費をやりくりするための
バイトと研究の日々でとても大変ですが
奨学金を受け取ることで研究に集中しながら
私達を通じて日本をより深く理解することにも
時間がさけるようになります。
そうして日本を理解して好きになって
国際平和やお互いの発展に繋げてくれればと
願って僕たちは活動しています。
反日国と呼ばれる国の学生も受け入れる事も多々有ります。
1人ひとりの学生は皆ほんとうに素晴らしい方々で
母国に戻ったあとはメディアで報じられていることだけではない
日本の素晴らしいことを沢山伝えてくれたり
過去に反日感情が高まり
現地で事件などに発展したことも新聞報道で見ましたが
現地の日本人を助ける活動をされている方も沢山おり
市民レベルの草の根的な国際親善活動です。
でも、当時はまだ
ミャンマーに学校を建設するとは
考えも及びませんでした・・・。
しかし、
S先輩がしっかりと
Mさんの日本での暮らしをサポートすることで、
少しずつ私達との距離が近づいてきました。
そして、ある宴席でのMさんのスピーチで
「私の夢は母国に学校を建てること・・・」
ということを僕たちに話してくれたのでした。
ミャンマーは敬虔な仏教国で知られますが
学校がない村も多いそうです。
そうした村の子供たちは学校に行かないか
もしくは寺院での宗教教育を受けるのだそうですが
それは一般の勉強とは全く別のものだそうです。
奨学生のMさんは、母国の子供たちに
学校での教育を受けさせて母国をもっと発展させたい
という想いがあるとのことでした。
この想いに大いに共感したS先輩がメンバーに声をかけて
クラブの財団の補助金制度を活用し、
学校建設プロジェクトが始まったのでした。
つづく
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<編集後記>
今日のブログに登場したS先輩は
知的障がいのある方が働ける場をつくるために、
ご自身の会社で新規事業をスタートしたり
慈善団体の活動以外でも
地域社会をよりよくする為に
奉仕活動を積極的におこなっている方です。
そんな尊敬するS先輩のご縁で、
私はこの慈善団体に入会させて頂いたのですが
昔、私の事業が非常に厳しい局面をむかえた事がありました。
もう自分の事をなんとかしなければならないのに
社会の為に奉仕する活動などしている場合ではない。
慈善団体を退会したいとS先輩に相談したことがありました。
そのときにこんな事を言われました。
「一桝さん、事業と奉仕は両輪だよ」
「社会の為に奉仕を続けていれば会社も必ずよくなるから」
事業家は社会をよくする責任がある。
事業は社会をよくするためにしていること。
そしてその事業で受け取ったいくらかは
社会をよりよくするために還元しなければならない。
あまりに辛い状況の中で、
自分の事しか見えなくなっていましたが
本来の姿勢を思い出すことが出来、
退会を思いとどまって頑張ったことがありました。
あのときのS先輩の言葉がなければ
いまどうなっていたかわかりません。
S先輩への恩返しの気持ち、社会への感謝の気持ち
すべてを含めてこうした団体で活動を続けています。
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